原料を知る
天の恵み、山の恵み
名水あるところに名酒あり。
長野県は北アルプスと呼ばれる飛騨山脈、南アルプスと呼ばれる赤石山脈、そして中央アルプスと呼ばれる木曽山脈といった3000メートル級の山々を擁します。
この高い山に降った雨や雪は、春には雪解け水となって谷を下り、あるいはゆっくりと大地をくぐり抜け、やがて地表にもたらされます。
山からの清冽な水は、田畑を潤してお米を育て、お酒の原料にもなります。「名酒は良い水から生まれる」と言いますが、日本酒の成分の8割ほどは水ですから、それは当然のことでしょう。
じつは長野県は米どころ
そのおいしさは随一。
高い山々に囲まれた内陸性の気候ゆえ、お米の育つ時期に台風や降雨の影響が少なく、また冷涼でもあるため病害虫が発生しにくく、農薬の使用をおさえることができます。
春から秋にかけての日照時間は長く、かつ昼夜の寒暖差が大きいので、お米は昼のうちに生成した養分を夜にゆっくり蓄え、長野のお米はでんぷん質の詰まった上質なお米となります。
長野で収穫される玄米の、検査時の品質を示す1等米の割合は90%以上で、長年、全国トップレベルを維持しています。長野では、食べておいしいお米はもちろん、酒造りにも最適なお米が作られています。
さらなる高みを目指して
良米を追求する。
日本酒の原料となるお米は「酒造好適米」、いわゆる「酒米」と呼ばれるものです。長野県生まれの酒米は「たかね錦」「金紋錦」「しらかば錦」「ひとごこち」「美山錦」「山恵錦」の6品種があります。
もっとも古くは1939(昭和14)年に「たかね錦」が長野県農事試験場(現在の農業試験場)で、最近では2020(令和2)年に「山恵錦」が生まれています。
また北アルプスを望む、大町市には長野県酒造協同組合が運営する酒米専用の精米工場があります。
県をあげて良米を追求する姿勢は、長野県産のお米のみ用いることを認定基準とするGI長野によくあらわれています。
長野県生まれの酵母が
お酒の基調となった。
日本酒造りには、麹菌、乳酸菌、酵母菌の3種の微生物の力が欠かせません。麹菌がお米のデンプンを糖に変え、酵母菌が糖をアルコールに変えつつ、日本酒ならではの味わいと香りを生み出します。
日本酒に使われる「清酒酵母」にはおもに、優良な酵母を純粋培養した「きょうかい酵母」と、酒蔵に住み着く「蔵つき酵母」があります。
諏訪市の酒蔵で良質なお酒が造られるため、1946(昭和21)年に蔵つき酵母が分離されて「きょうかい7号酵母」となりました。「近代酒質の基調」とされ、今も全国で広く使われています。
歴史と文化を知る
健康長寿の秘訣は
美酒佳肴にあり。
南北に長い長野県は食文化も多彩ですが、海のない山間の地ならではの塩を得る工夫と、粉食や発酵食の充実は共通するものです。
千国街道が別名「塩の道」とも呼ばれるとおり、塩は街道を通り、牛や馬、歩荷(ぼっか)に背負われて運ばれました。貴重な塩とともに漬け込まれた塩ぶり・塩鮭・塩いかはハレの日のご馳走で、今も佳肴として好まれます。
味つけのベースになるのは、昆布や魚介のだしよりも、味噌など発酵調味料の旨みです。甘辛い料理には、米の旨みたっぷりの長野の酒はよく合います。
塩分摂取量が見直されてから、豊かな農産物と発酵食に支えられた長野県の食文化は健康長寿の源となっています。ここに日本酒が加われば、申し分なしの口福です。
原産地呼称管理制度から
地理的表示へ。
長野県の農産物加工品の品質の良さをブランドとして確立するため、2002(平成14)年に「長野県原産地呼称管理制度(NAC)」が創設されました。
日本酒のほかワイン、焼酎、シードル、お米を対象に「栽培方法」「生産方法」「味覚」の観点から厳しく審査されます。
日本酒は、味・香り・バランスなどについて官能審査を実施し、厳しい審査を通過した日本酒だけが「長野県原産地呼称管理制度認定日本酒(NAC日本酒)」を名乗ることができます。
そして日本酒とワインは「NAC」を踏襲しながら、2021(令和3)年に「GI長野」へと移行しました。官民一体となって、さらに良いお酒を造り出そうとしています。
人を知る
地域に根ざし歴史を刻む
個性の光る78蔵。
酒造りに恵まれた自然環境のもと、長野県には78の酒蔵があります。この数は日本第2位の多さ。県内至るところに酒蔵があります。
山に囲まれた複雑な地形ゆえ、ひとくちに長野県といっても細かく分かれた地域ごとに気候風土は異なり、水はそれぞれの味わいと水質を示し、米作りの時期も方法も異なります。
県内最古の酒蔵は1540(天文9)年創業で、1696(元禄9)年には歴史に酒税が登場し、酒造りの素地が整いました。明治期には長野県に1000を超える酒蔵があったといいます。
戦国武将も飲んだと伝わる酒、街道の宿場で旅人に愛された酒、文豪の代表作を名に冠した酒など、蔵元ごとの歴史があり、醸される酒もさまざまです。
造りを差配し、酒を唎く
蔵の味は杜氏で決まる。
杜氏とは、蔵人を束ねる人で酒造りの最高責任者であり、ひとつの蔵にひとりしかいません。蔵によって「オヤジ」「ジッサ」とも呼び慕われ、その裁量で酒の味は決まるといいます。
長野県には、おもに「小谷(おたり)杜氏」「諏訪杜氏」「飯山杜氏」の3つの系譜があります。いずれの地域も農閑期の出稼ぎ労働として古くから酒造りに関わる人を多く輩出してきました。そうしたなかから名杜氏と呼ばれる人が生まれ、酒造りの技を伝えています。
また「蔵元杜氏」といって、酒蔵のオーナーである蔵元自らが杜氏となって酒造りを行う小規模な酒蔵も多くあります。しきたりに捉われない新たな発想でチャレンジする酒蔵、そして女性杜氏のいる酒蔵も県内では珍しくありません。
1917(大正6)年に県の農商課に酒造専任技師が配属され、地元杜氏を育成するための取り組みがはじまりました。近年では長野県工業技術総合センターで後継者育成のための講座が行われるなど、酒造りに携わる人材の育成が行われています。